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静岡地方裁判所 昭和59年(行ウ)6号 判決 1990年11月16日

静岡県伊東市玖須美元和田七〇四番地

原告

須田暉

右訴訟代理人弁護士

鶴見祐策

田中晴男

静岡県熱海市春日町一丁目一番地

被告

熱海税務署長 小野田公一

右指定代理人

波床昌則

山田昭

永田英男

望月国雄

遠藤次男

山下純

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五七年三月一三日付で原告に対してした

(一) 昭和五三年分所得税について所得金額を三、〇八〇、〇九八円とする更正処分のうち一、七九一、七八六円を超える部分及び過少申告加算税の賦課処分

(二) 昭和五四年分所得税について所得金額を二、六六二、五三一円とする更正処分のうち一、五六四、八一〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課処分

(三) 昭和五五年分所得税について所得金額を六、六二二、〇〇七円とする更正処分のうち二、五一九、〇〇一円を超える部分及び過少申告加算税の賦課処分

は、いずれもこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件課税の経緯等

(一) 原告は、木造建築工事業を営む者であるが、昭和五三年分、同五四年分及び同五五年分の所得税について、確定申告書に次のとおり記載して法定申告期限までに申告した。

(1) 昭和五三年分

事業所得の金額 一、七九一、七八六円

納付すべき税額 一九、八〇〇円

(2) 昭和五四年分

事業所得の金額 一、五六四、八一〇円

納付すべき税額 二四、六〇〇円

(3) 昭和五五年分

事業所得の金額 二、五一九、〇〇一円

納付すべき税額 一〇六、二〇〇円

(二) 被告は、昭和五七年三月一二日付をもって、右各年分について、次のとおり更正処分及び賦課決定処分をした。

(1) 昭和五三年分

事業所得の金額 三、〇八〇、〇九八円

納付すべき税額 一七一、九〇〇円

過少申告加算税の額 七、六〇〇円

(2) 昭和五四年分

事業所得の金額 二、六六二、五三一円

納付すべき税額 一五一、六〇〇円

過少申告加算税の額 六、三〇〇円

(3) 昭和五五年分

総所得の金額 六、六二二、〇〇七円

事業所得の金額 六、八七九、七七二円

譲渡所得の損失の金額 二五七、七六五円

納付すべき税額 八九四、三〇〇円

過少申告加算税の額 三九、四〇〇円

(三) 原告は、これら各処分について昭和五七年五月に異議の申立をしたところ、被告は、同年八月九日付でそれぞれ棄却する決定をした。そこで、原告は、同年九月九日、国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、国税不服審判所長は、昭和五九年三月一六日付をもってこれをいずれも棄却する裁決をし、右裁決書謄本は、同年四月一七日原告に送達された。

2  しかしながら、被告が、原告の昭和五三年分、同五四年分及び同五五年分(以下「本件各事業年度」という。)所得について、それぞれした右各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)のうち、各年度について原告の申告した右所得金額(以下「本件各申告所得額」という。)を超える部分は、原告の総所得金額を過大に認定したものであるから違法である。

また、被告が本件各事業年度についてした右各過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)は、原告の総所得を過大に認定した本件各更正処分を前提とする点において違法である。

3  よって、原告は、被告に対し、本件各更正処分のうち、本件各申告所得額を超える部分及び本件各賦課決定処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は争う。

3  同3は争う。

三  被告の主張

1  本件各更正処分において更正に係る各総所得金額は、いずれも、後記の本件各事業年度の各総所得金額の範囲内であるから、本件各更正処分及び各賦課決定処分は、いずれも適法なものである。

2  昭和五三年度の総所得金額

(一) 推計課税の必要性

被告の職員渡辺義邦(以下「渡辺」という。)は、原告の所得税調査を行うため、昭和五六年七月から翌五七年三月までの間、繰り返し原告宅に臨場した。

その間、渡辺は、原告に対し、申告が正しく行われているか確認したい旨説明し、帳簿書類の提示を求めた。しかし、原告は、調査理由の説明がないとして一切帳簿書類を提示せず、同席した民主商工会事務局長伊藤秀男(以下「伊藤」という。)に、損益計算書、売上の内訳、仕入の内訳などを記載した自主計算資料を読み上げさせたのみであった。また、原告は、昭和五三年分の帳簿書類については、売上に関する領収書控の保存があるだけで、その余の帳簿書類については保存していない旨述べ、原告の同年分の申告額が正当であることを確認することができるに足りる具体的な説明をしなかった。

したがって、被告は、原告の同年分の事業所得の実額を把握することができず、推計方法により算出せざるを得なかった。

(二) 推計課税の方法

(1) 総収入金額 八、八五〇、八〇〇円

原告の取引先である大同工業株式会社等に対する原告の売上金額(実額)であり、その内訳は、次表のとおりである。

<省略>

(2) 算出所得金額 三、六一四、六六六円

原告の事業所得に係る工事原価及び一般経費を把握することができなかったため、原告の算出所得金額(総収入金額から工事原価及び一般経費を控除した金額をいう。以下同じ)を、右(1)の総収入金額を基礎として、これに同業者比率(同業者の収入金額に対する算出所得金額の割合の平均値をいう。以下「算出所得率」という。)を適用して、次の算式により算出した。

なお、算出所得率は、別表一の基準により同業者を抽出した上、別表二のとおり算出したものである。

(算式)

(総収入金額) (算出所得率)

八、八五〇、八〇〇(円)×〇・四〇八四=三、六一四、六六六(円)

(3) 特別経費 四七〇、六八五円

内訳は、次のとおりである。

<1> 借入金利子 四一〇、六八五円

原告が、昭和五三年中に、訴外伊豆信用金庫本店に支払った借入金利子二〇七、四九五円及び同じく国民金融公庫沼津支店に支払った借入金利子二〇三、一九〇円である。

<2> 地代家賃 六〇、〇〇〇円

原告が、昭和五三年分の地代家賃として支払った金額である。

(4) 所得金額 三、一四三、九八一円

前記(2)の算出所得金額から、同(3)の特別経費を控除して算出した金額である。

(三) 推計の合理性

右推計の方式は、原告の事業者所得金額について、総収入金額を実額で把握し、右総収入金額に、同年分の類似業者の平均的算出所得率であるところの同業者比率を乗じて算出したものである。

そして、同業者を抽出するに当たっては、選定の範囲を原告居住地の伊東市に限定し、昭和五三年分の総収入金額を原告の金額の二分の一以上二倍以下との選定基準を採用し、原告と立地条件、営業規模が類似の同業者を選別し、その上、資料としての正確性、算定比率の信頼性を確保するための条件を付したものであるから、右同業者比率が原告の所得率と近似しているものと推認でき、合理性があるというべきである。

3  昭和五四年分の総所得金額

(一) 原告の総収入金額は、次表の記載に、原告が売上除外を企図したことの明らかな後記預金入金額合計四、〇七〇、〇〇〇円を加えた合計四二、三七〇、〇七五円である。

(二) 事業所得の内訳は、次表のとおりである。

<省略>

(1) 表

<省略>

(2) 売上除外金 計 四、〇七〇、〇〇〇円

<1> 伊豆信用金庫本店当座預金

ア 昭和五四年一月一九日 六二〇、〇〇〇円(別表三イ)

イ 同 年 六月二七日 五〇〇、〇〇〇円(別表三ロ)

ウ 同 年 八月一七日 二〇〇、〇〇〇円(別表三ハ)

<2> 伊豆信用金庫本店普通預金

ア 昭和五四年一月一〇日 一〇〇、〇〇〇円(別表三ニ)

イ 同 年 一月一七日 三〇〇、〇〇〇円(別表三ホ)

ウ 同 年 四月一二日 五〇〇、〇〇〇円(別表三チ)

エ 同 年 八月一七日 五五〇、〇〇〇円(別表三リ)

<3> 駿河銀行伊東駅支店普通預金

昭和五四年一〇月二六日 九〇〇、〇〇〇円(別表三ヌ)

これらは、いわゆる出所不明金であるが、別表三により明らかなとおり、(ア)右<1>ないし<3>に述べた入金については、従前被告が主張した取引先からの売上金の入金日及び領収金額に符合しないこと、(イ)他に、原告の別口の預金口座からの払出がないこと、(ウ)駿河銀行伊東駅支店に限っていえば、右支店の所在地は原告の住所地と地区をまったく異にした伊東市中央町に所在する上、その普通預金への入金は振込入金によるもので、振り込まれた金額の大半を数日後に引き出しており、かつ、取引回数も少ないから原告が通常取引している銀行ではないこと、(エ)原告は、右金員について、株式会社宏明への債権が貸し倒れとなり、資金繰が逼迫したので親戚等から借り入れたものであると主張するが、一方で、原告は、昭和五四年に伊東市内で原告の作業用地として土地を七、三〇〇、〇〇〇円で取得しており、原告が資金的に切迫していたとはいえないので、原告の右主張は借信し難いこと、などから、原告の売上除外金であることが明らかである。

(3) 事業所得の内訳は、次表のとおりである。

<省略>

4  昭和五五年度の総所得金額

原告の昭和五五年分の総所得は、事業所得の金額と譲渡所得の金額との合計六、七五七、七八八円である。

一 譲渡所得

<省略>

二 事業所得

(1) 事業所得に係る総収入の内訳は、次表のとおりである。

<省略>

(2) 事業所得の内訳は、次表のとおりである。

<省略>

なお、右(2)の2の<3>の給与賃金の内訳は、左のとおりである。

<省略>

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1は争う。

2(一)  同2(一)は争う。

(二)  同2(二)(1)は認める。同(2)は争う。同(3)は認める。

(三)  同2(三)は争う。

3(一)  同3(一)は争う。

(二)  同3(二)(1)の表中1ないし9、11、13の取引先からの収入は認め、その余は否認する。

同3(二)(2)の表中2<2>ないし、<13>、<15>、<16>、4の支出は認め、その余は否認する。

4  同4前段は否認する。

(一) 同4(一)は認める。

(二) 同4(二)(1)は認める。同(2)の表中2工事原価及び一般経費が四二、八五九、九四八円である事実、<3>が七、八五七、〇〇〇円である事実、工事原価が二、一九二、五二〇円である事実、<14>及び<16>記載の各科目の金額が〇円となる事実、一般経費の合計が二、一九二、五二〇円である事実、<20>、<21>記載の各科目の金額が〇円となる事実及び同表中5記載の科目の金額は否認し、その余の事実は認める。

五  被告の主張に対する反論

1  昭和五三年度の所得について

(一) 原告の所得額は、実額の把握が可能であったのであるから、推計の必要性はない。

原告は、被告所部の係官の調査に際し、売上帳にかわるものとして存していた領収書の写(複写式)を提示し、かつ、確定申告の基礎となった自主計算資料の綴りを閲覧させる等して、必要な資料は提示し、説明を行っている。

(二) 被告の主張する推計の方式は、合理性がない。

一般に、推計の方法としては、<1>比率法、<2>効率法、<3>資産負債増減法、<4>消費高法等が挙げられるが、本件においては同業者比率による比率法のみをよりどころにしているところ、合理的な推計方法とは、様々な種類の方法が考えられる中で、最も実際の所得金額に近似する蓋然性の高い方法であることを要するのであるのに、被告は、その採用した方法が最適であることの主張、立証をしていないものであるから、被告の推計の方式には合理性がない。

仮に、被告の主張する数字によったとしても、原告の所得率は昭和五四年分において九・六パーセント、昭和五五年分において一六・三パーセントであるから、被告の用いた算出所得率四〇・四八パーセントは、原告の実情に反する過大な数値である。

のみならず被告は、原処分時と本訴においてとその主張する同業者比率の算定の基礎となった同業者は異なるので、本訴における推計方式に合理性はない。

また、被告は、本訴において、同業者の氏名、住所、事業規模等について、原告から釈明を求められたにもかかわらず、これを明らかにしないのであるから、同業者が存在することについての立証として不十分である上、仮に、その主張のような同業者が存在するとしても、その同業者等が原告の事業に類似性があることの立証に欠けるというべきであるから本訴において被告が主張する推計方式に合理性がない。

(三) 原告の所得額は、次の内訳のとおり、一、七九一、七八六円であって、納付すべき税額は一九、八〇〇円であるから、これと異なる被告の推計による課税は、違法である。

内訳

総収入金額 八、八五〇、八〇〇円

工事原価 五、八一四、九一〇円

内訳

期首棚卸高 二〇〇、〇〇〇円

仕入 一〇一、九一〇円

給料 四、〇三六、五〇〇円

外注工賃 一、六七六、五〇〇円

期末棚卸高 二〇〇、〇〇〇円

一般経費 一、三一九、八三五円

内訳

公租公課 九九、八一〇円

旅費交通費 三五、〇〇〇円

通信費 九六、七五〇円

接待交際費 九九、八〇〇円

損害保険料 四五、九七六円

修繕費 一三五、四二〇円

消耗品 三三〇、四一五円

福利厚生費 一七二、四八三円

組合費 四四、四〇〇円

減価償却費(建物以外) 二五九、七八一円

特別経費 四七〇、六八五円

2  昭和五四年度の所得について

(一) 収入について

原告の、総収入額は、原告の認めた取引先からの収入の合計額三七、一〇〇、〇七五円である。

被告が、和光からの収入と主張する六〇〇、〇〇〇円はそもそも存在せず、岩井建築からの収入とする六〇〇、〇〇〇円は、白井泰一から以前の貸付金の返還を受けたものである。

また、被告の主張する預金入金は、既に被告に既知の売上金を入金したもの、他の通帳から移しかえられたものないしは親戚からの借入金である。

(二) 期首棚卸高について

工事原価には、被告の主張するもの以外に期首棚卸高二〇〇、〇〇〇円がある。

(三) 福利厚生費について

原告は、当該年度に、大工等に対し、休憩時にジュースを飲ませたり、給料日に酒をふるまったりして一九二、〇〇〇円出費したものであって、これは福利厚生費に該当する。

3  昭和五五年度分について

(一) 工事原価中の給料賃金について

原告は、被告の主張する給料債権のほか、当該年度中に樋口に四〇、〇〇〇円、山下に一七〇、〇〇〇円の合計二一〇、〇〇〇円を支払っているのであるから、支払給料賃金は合計八、〇六七、〇〇〇円となる。

(二) 福利厚生費について

昭和五四年度と同様の目的で年二四〇、〇〇〇円出費したものである。

(三) 雑費について

原告は、当該年度、新聞代や図面等のコピー代として合計二四、六二四円出費したものであるが、大工業を営むものとしては、業界や経済の動向を知るために新聞を購読することや、図面等をコピーするのも当然のことであるから、経費とされるべきである。

(四) 貸倒金及び債権償却特別勘定繰戻金について

原告は、株式会社宏明に対する債権六、四四〇、〇〇〇円を当該年分の貸倒損失金として処理し、債権償却特別勘定一、二八八、〇〇〇円を繰戻した。

右債権についての詳細は以下の通りである。

原告は、株式会社宏明から建物建築の注文を受けてその工事を行い、その代金支払のために同社振出の左記約束手形四通・小切手八通(額面合計六、四四〇、〇〇〇円)を所持していたが、株式会社宏明が昭和五一年一一月三〇日ころ不渡りを出して倒産し、右各約束手形及び小切手は、昭和五一年一一月三〇日から翌五二年二月二八日までの間にすべて不渡りとなり、未決済のまま原告の手元に残った。そして、株式会社宏明の代表取締役は、昭和五一年一一月三〇日ころ所在不明となり、債権者集会も開かれず、残っていた従業員も昭和五二年に退職したため、そのころ、株式会社宏明の事業が閉鎖された。

約束手形(金額) (支払日)

一、七〇〇、〇〇〇円 昭和五一年一一月三〇日

六〇〇、〇〇〇円 昭和五一年一二月三一日

三〇〇、〇〇〇円 昭和五二年 二月二八日

七〇〇、〇〇〇円 昭和五二年 二月二八日

小切手(金額) (振出日)

七〇〇、〇〇〇円 昭和五一年一一月三〇日

一三〇、〇〇〇円 昭和五一年一二月一〇日

五〇〇、〇〇〇円 昭和五一年一二月一〇日

四〇〇、〇〇〇円 昭和五一年一二月一〇日

七〇〇、〇〇〇円 昭和五一年一二月一〇日

一三〇、〇〇〇円 昭和五一年一二月一〇日

三五〇、〇〇〇円 昭和五一年一二月一〇日

二三〇、〇〇〇円 昭和五一年一二月一〇日

以上合計 六、四四〇、〇〇〇円

ところで、所得税法第五一条二項は、貸倒金の損失処理は、その損失の生じた日の属する年にする旨規定するが、貸倒金を損失として処理すべきかどうかは、一次的には債権者の判断によるべきである。蓋し、貸倒れの認定には、債務者の資力の有無、信用力、事業上の手腕、力量、地位、債権者の回収努力と手段、債権額の多寡、債権者のその債権に対する評価、その他の諸般の事情の考慮が必要であって、この判断は、債権者の主観に依拠されるところが大きく、本来的にも債権者の回収努力と不良債権としての見極めによってなされていることが現状であるからである。

原告は、株式会社宏明の倒産後、昭和五三年までは債権回収のための努力をしており、役員ないし支店長からの回収や債権者会議による一部債権の回収を期待していたものであるが、手形の時効が三年であることを聞き及び、やむなく昭和五五年分の貸し倒れとして処理したものである。

したがって、原告が、昭和五五年に貸倒金として処理したのは、妥当であった。

六 被告の主張に対する反論に対する答弁

1(一)  被告の主張に対する反論1一は争う。

(二)  同1二は争う。

原告の列挙した推計方法の中で、比率法が最も合理性の高い推計方法であることは、一般的にも裁判例においても認められた公知の事実であって、本件のように総収入金額と特別経費について実額が把握されている場合には、比率法による方法が最も合目的的である。

また、被告の用いた算出所得率が、原告の同五四年及び同五五年の所得率と著しく異なるので不合理であるという主張については、同五三年当時の原告の仕事は手間請けであって、同五四年及び同五五年とは業態がまったく異なるものであるから、その所得率を比較すること自体失当である。

被告により選定された類似同業者は五件であって、同業者間に通常存在する営業上の個別的差異による影響は平均化され、その推計の結果は、十分近似的な数値を示し得ているものというべきであるから、具体的に、類似同業者の営業形態が原告の営業形態と類似していることまでの立証は不要と解すべきである。

また、課税処分取消訴訟において、裁判所の審判の対象は、原処分の算定にかかる税額ないし所得金額が総額において処分時に客観的に存在した税額ないし所得金額を上回るか否かの点であって、これを根拠付ける事実主張ないし証拠資料の提出は、単なる攻撃防御方法にすぎないのであるから、被告が、原処分後に収集した資料をもって処分時の税額ないし所得金額を主張、立証することは、当然許されるべきものであり、したがって、原処分時と本訴時の被告の主張する所得金額が一致する必要もない。

(三)  同1(三)は争う。

所得税の課税処分取消訴訟において、課税庁が推計課税について一応の主張立証をしている場合において、納税者たる原告が実額課税を主張し、推計課税がその実額と異なるという形で、推計課税を争う場合には、その主張する実額が真実の所得の額に合致することの主張立証、具体的には、その主張する収入金額が総収入金額であること、その主張する経費の金額がその収入と対応することまで具体的に主張立証する必要があるというべきであるから、原告がする実額の主張立証は、不十分なものというほかない。

2(一)  同2(一)は否認する。

(二)  同2(二)は否認する。

(三)  同2(三)は否認する。

3(一)  同3(一)は否認する。

(二)  同3(二)は否認する。

(三)  同3(三)は否認する。

(四)  同3(四)のうち、一段ないし三段は認めるが、その余は争う。

所得税法五一条二項にいう貸倒れには、貸金等の債権が法律上は存続していても、債務者の資産状況、支払能力等からみて事実上回収不能となった場合をも含むと解すべきところ、必要経費に算入すべき時期は、その回収不能等の事実の生じた時点であると解すべきである。この点、原告は、納税者自らが、回収不能か否かを一次的に判断できると主張するが、そのように解すると、納税者の恣意により、各年度の所得を操作できることとなり、不合理であって、回収不能については、客観的に判断すべきものである。

そして、本件においては、株式会社宏明が不渡りにより倒産したのは、不渡りをする以前から経営内容が悪化したことによるものであって、不渡り当時にはその資産は皆無であったことによるものと判断され、当時、原告もこのことに気付いており、株式会社宏明がいずれは再興し、債権の回収が可能になるとの期待をもつような状況になかった。

したがって、当時の状況からすれば、株式会社宏明に対する債権は、遅くとも昭和五二年中に貸倒金として処理すべきものであって、昭和五五年分の所得金額の算定において必要経費に算入すべきものではない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1については、当事者間に争いがないので、以下、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分の違法性、即ち、原告の本件各事業年度の所得額及び所得税額が被告がした本件各更正処分及び本件各賦課決定処分において認定した金額の範囲内であるかどうかについて判断する。

二  昭和五三年度について

1  推計課税の必要性について

(一)  原告本人尋問の結果によって真正に成立したと認められる甲第一号証、証人渡辺義邦の証言(但し、後 記借信しない部分を除く。)、原告本人尋問の結果(但し、後記借信しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められ、甲第二六号証の記載、証人渡辺義邦の証言及び原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は、弁論の全趣旨に照らし、たやすく信用できず、他に右認定に反する証拠はない。

(1) 昭和五六年七月中旬、当時被告に勤務し、所得税の調査を担当していた渡辺は、上司である統括国税調査官徳浜芳郎から原告の所得税の申告が正しくされているかどうかを確認するよう指示を受け、その所得調査に携わった。

そこで、渡辺は、その頃、原告宅を訪問したが、原告が不在であり、その妻も体調が悪いということであったため、その際は調査ができず、原告の妻に都合のよい日を連絡してほしい旨伝えて帰った。

(2) その後、渡辺は、原告の妻からの連絡を受けて、同年の八月七日に原告宅を訪れ、原告の所得税の申告が正しく行われているかどうかを確認するために訪問した旨伝えた上、再三、原告に対し、原告の所得税を申告する基礎となった関係帳簿の提示と説明を求めたところ、原告は、同席していた民商の事務局長伊藤及び事務局員と共に、調査理由の説明がないという理由でこれを拒んだので、渡辺は、止むなく、原告に対し、次回の都合のよい調査期日について連絡して頂きたい旨伝えて帰った。

しかし、その後、原告から何ら連絡がなかったので、渡辺は、同年の盆明けに再度原告宅を訪問したところ、原告は不在であったため、その妻に調査に都合の良い日を連絡するよう頼み帰った。

(3) 同年八月になって、原告の妻から調査期日について電話連絡があったので、渡辺は、同月二七日、原告宅を訪れ、前回と同様、調査の目的を告げた上、関係帳簿の提示と説明を求めたところ、原告は、同席していた伊藤と共に、前回同様その提示を拒んだので、渡辺は、同年九月三日、また、原告宅を訪れ、従前と同様関係書類の提示と説明を求めると共に、調査の秘密の保持のため、同席していた伊藤の退席を要求したが、伊藤と原告は、伊藤は原告が頼んで同席している人であるから、聞かれたとしても秘密保持上何ら問題はないと主張して、その退席を拒んだため、やむなく伊藤に対し調査の妨害をしないよう要請した上、伊藤を同席させて所得の調査をすることにした。そして、伊藤は、昭和五五年度の原告の損益計算の収支、売上、仕入れの内訳について、原資料から転記する方法で作成した自主計算資料を読み上げたが、渡辺としては、自主計算資料の読み上げでは内容の確認ができないため、再三、その提示を求めたが、拒まれたので、やむなく読み上げられた内容を書き取った。

(4) その後、渡辺は、同月一一日、同月一七日、翌一〇月一四日、翌一一月六日、同月二四日のほか、同年一二月二三日までにかけて、原告宅を十数回訪問し、従前と同様に、昭和五三年から同五五年までの所得調査のための関係帳簿の提示を求めたが同五四年及び同五五年の原資料及び同五三年の原資料の一部の提示を受けたものの、結局、各年度とも自主計算資料の提示を受けることはできず、その資料を読み上げた内容を聞き取ったのみであった。

特に、五三年度については、渡辺は、原資料の提示を強く求めたが、原告から関係帳簿書類は保存していないとして、売上金を記載した領収書の控えしか提示されず、その間、本人から、申告額が正当である旨の具体的な説明もなかった。

なお、調査の際、伊藤が渡辺に対して読み上げた書類とみられる自主計算資料(甲第一号証)には、月別の仕入れ金額、旅費交通費、福利厚生費の記載もない。

(二)  以上認定の調査の経過からすると、昭和五三年度については、原告の提出した帳簿類は、売上金を証する領収書の控えのみであって、工事原価や一般経費を直接証する書類の提示はなく、また、調査の際読み上げた書類とみられる自主計算資料についても、月別の仕入れ金額等の記載もないから、日々ないし月別の収入、支出を証する書類であると認めることはできず、これらの書類の記載が原告の所得実額を正確に反映するものであるか否かについて多大の疑いがもたれたものであるから、被告としては、昭和五三年の原告の所得を把握することは出来なかったというべきである。

(三)  したがって、原告の昭和五三年の所得額は、被告において把握できなかったというべく、推計課税をする必要性があるというべきである。

2  推計方式の合理性について

(一)  当該年度の原告の収入額が八、八五〇、八〇〇円であること及び特別経費が被告の主張する2二(3)のとおり合計四七〇、六八五円であることについては、当事者間に争いがなく、被告は、右収入額を基礎とし、これに同業者比率を適用して原告の所得を算出していることが明らかである。

(二)  被告が、比率法を採用したことの当否について

収入実額が判明している場合の所得の推計方式のうち、比率法が最も妥当であることは公知の事実であるから、被告がこの方法を採用するについて、他の推計方式に比しこの方法が最も適切であることを特段主張立証する必要はなく、この方式の採用が不合理ではないと解すべきである。

(三)  同業者比率を適用していることの適否について

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、昭和五三年の原告の業務はほとんどが下請けないし孫請けによる手間請けであるのに、同五四年及び同五五年については、手間請けの比率が減り、直接注文者から請負う仕事の比率が高まったこと、収入実額も、前記のように同五三年はわずか八、八五〇、八〇〇円であるのに、昭和五四年は原告の主張によっても三七、一〇〇、〇七五円であり、同五五年は五一、二一六、三九八円であることが当事者間に争いがないから、同五四、同五五年の収入額は、同五三年のそれに比して四倍ないし五倍以上に当たるものであって事業内容、規模が著しく異なると認められることを総合すると、同五三年の原告の所得を推計するに当たり、同五四年及び同五五年の原告の所得比率を用いることは相当でないというべく、本人比率よりも同業者比率を採用する方法により合理性があるというべきである。

(四)  同業者比率の算定方法の合理性について

その方式及び趣旨から公務員が職務上作成したと認められるので真正に成立したと推認すべき乙第二号証の一、二、証人渡辺義邦の証言によれば、名古屋国税局長は、昭和五九年一〇月二四日、被告に対し、税務訴訟に関する資料の報告方についての一般通達によって、<1>青色申告書を提出している個人事業者である者(但し、年の途中で開廃業、休業又は業態を変更した者、更正又は決定処分が行われた者のうち、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間を経過していない者並びに不服申立又は訴訟中の者を除く。)、<2>大工工事を業としている者、<3>静岡県伊東市に住居を有する者、<4>総収入額が、四、四二五、四〇〇円から一七、七〇一、六〇〇円までの者、という四条件を満たすすべての者の総収入金額、算出所得金額及び算出所得率の報告を求めたところ、被告の職員である渡辺がその報告資料の作成を担当した上、被告において、右条件を満たす個人事業経営者として別表二記載の五名の個人事業経営者の総収入金額、算出所得金額、算出所得率を報告すると共に(以下「通達方式」という。)その五名の個人事業経営者の算出所得率の平均四〇・八四パーセントを算出し、本件で主張する同業者比率としたことが認められる。

そして、証人渡辺義邦の証言及び前掲乙第二号証の一、二によれば、右通達方式による同業者の抽出は、被告の公務員たる職員が日常の反復継続して行う仕事の一環としてされたものであって、その作業は、青色申告書を提出している個人事業者のうち同業者の抽出基準に該当するすべての個人事業者を抽出したうえ、その収入金額、算出所得金額、算出所得率を検算するという単純で機械的なものであるから、それに関与する職員の思惑や恣意が介入するおそれがないことが認められるから、被告主張の同業者が存在し、かつ、右通達に示された条件を正確に満たす個人事業者がすべて抽出されていると認めることができる。また、前掲乙第二号証の一、二の記載内容によれば、右通達に示された右記<1>の基準によって、正確な所得申告をした個人事業者であるという条件が、右記<2>の基準によって、同業の大工工事をしている者という条件が、右記<3>の基準によって、原告の近隣地域に住所を有する者という条件が、右記<4>の基準によって、ほぼ原告と同規模の営業を営む者という条件が、すべて満たされている同業者が抽出されていることが認められる。また、抽出された業者は、前記のとおり五名であるから、同業者間に通常予想される特徴は、一応平準化されていると推認されるところであるから、これらの同業者が原告と営業形態等が類似していることについてまで主張立証しなくとも、原告が特殊な営業形態の大工工事業者である等の一般の同業者に比し著しく所得率が低いと窺わせるような特段の事情についての主張立証のない本件においては、被告の同業者比率は、原告の所得率を推認するのに適切な資料ないし方法であるといえる。

(五)  なお、原告は、被告が原処分時と異なる方法で原告の所得を推計しているので、そのことから、被告の推計方式の合理性は認められないと主張するが、所得の推計の基礎たる事実は、被告の主張する所得額を立証する間接事実にすぎないのであるから、被告において、原処分後に収集した資料を本訴においても提出できると解される上、本件の推計方式自体に十分合理性があることは前判示のとおりであるから、被告の推計の方式が原処分と異なるという一事をもってその合理性を疑わせるに足りないものというべきである。

3  原告の実額反証について

課税処分の取消訴訟において、課税庁たる被告が推計課税による必要性と合理的な推計方式を主張立証して推計による所得を主張立証し、それを根拠として原処分の適法を主張した場合、納税者たる原告は、その推定による所得が実額を超えることを主張立証することによって、それを超える課税処分を違法であると主張することができると解するのが相当である。

そして、本件においては、原告は、二次資料である自主計算資料(前記甲第一号証)及び人工帳と主張するカレンダーに記載したメモ書(原告本人尋問の結果によって真正に成立したと認められる甲第二四号証)、経費帳(原告本人尋問の結果によって真正に成立したと認められる甲第二三号証)を提出して、それによって、昭和五三年度の所得額を認定できるとし、その所得額は一、七九一、七八六円にすぎないと主張するものであるが、前記のように、甲第一号証は、その所得を正確に記載したものとは解されず、また、甲第二四号証も、その方式と記載内容からして、メモ程度のものにすぎないのであるから、原告が支出した具体的な給料賃金が漏れなく正確に記載されているとは認められないうえ、その内容をどのように敷衍して自主計算資料に転記したかについて明らかでなく、更に、甲第二三号証も、その記載内容に徴し、甲第一号証記載の経費をすべて網羅して記載されているものでないから、これらの資料を総合勘案しても、原告の昭和五三年度の所得額全体を認定することはできず、他に、原告の昭和五三年の所得額を認定するに足る証拠はない。

4  よって、原告の昭和五三年分の所得は、被告の主張するとおり、三、六一四、六六六円であると認めることができ、そうすると、被告が、それを下回る三、〇八〇、〇九八円が原告の所得であることを前提としてした当該年度の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分は、いずれも適法であるというべきである。

三  昭和五四年度について

1  総収入額について

(一)  原告が、被告の主張3二(1)記載の表のうち、和光及び岩井建築から得ていた収入各六〇〇、〇〇〇円及び売上除外金四、〇七〇、〇〇〇円を除いたその余の収入合計三七、一〇〇、〇七五円を得ていることについては、当事者間に争いがない。

(二)  被告主張の和光及び岩井建築からの各六〇〇、〇〇〇円の収入について

(1) 岩井建築からの六〇〇、〇〇〇円の収入について

弁論の全趣旨によって真正に成立したと認められる乙第六、第九号証によると、原告は、昭和五四年七月一九日、岩井建築振出の小切手を取立て、その取立てた六〇〇、〇〇〇円を伊豆信用金庫本店の原告名義の普通預金口座に預金したこと及び岩井建築は、岩井経芳が個人で営んでいる建築工事業の名称であることが認められるが、一方、原告本人尋問の結果によって真正に成立したと認められる乙第八号証、前記乙第九号証、証人白井泰一の証言及び原告本人尋問の結果によると、原告は、昭和五四年六月二六日ころ、白井泰一に対し、自己振出の小切手を渡す方法で、六〇〇、〇〇〇円を貸し渡し、その支払のために、岩井建築が振出した額面六〇〇、〇〇〇円の振出日が同年七月一七日と記載された先日付小切手(乙第九号証)の交付を受け、同月一九日、その小切手を換金することによって、右資金の返済を受けたことが認められ、右認定に反する証拠がないから、前記認定事実をもってしても、原告が岩井建築から事業に関し六〇〇、〇〇〇円の収入を得たものとは推認できない。

(2) 和光からの六〇〇、〇〇〇円の収入について

原告本人尋問の結果によって真正に成立したと認められる甲第二号証(原告作成の自主計算資料)の売上金額集計表の七月の雑収入の項に「和光六〇〇、〇〇〇」という記載があるところ、この点につき、原告は、原告本人尋問の結果において、右記の岩井建築振出の小切手よって七月二日に六〇〇、〇〇〇円の入金があったにもかかわらず、岩井建築という業者を失念していたため、一二月にあった和光からの入金三九五、〇〇〇円と混同して記載してしまったものであり、そのことは、税務調査の過程で、渡辺より和光から六〇〇、〇〇〇円の入金があったのではないかと指摘された後、自ら調査してようやく判明したものであると供述するが、入金先、入金時期、入金額が右のように著しく相違するところからすると、原告の右供述に全幅の信用を措くにはちゅうちょを覚えるものの、前記のように、岩井建築振出の小切手の交付を受けていることが認められるほか、原告が前記甲第二号証に記載のない三九五、〇〇〇円を和光建設からの収入として自認していることなどを考慮すると、原告の右供述をすべて信用性がないとして排斥し難いところであるから、所詮右記載から同月七日に和光から六〇〇、〇〇〇円の収入があったとまでは認めることができないといわざるを得ない。

(三)  被告主張の預金が売上除外金であるかについて

(1) 原告が、被告の主張3二(2)の預金をしたことについては、当事者間に争いがない。

(なお、被告は、各預金の合計額を四、〇七〇、〇〇〇円とするが、三、六七〇、〇〇〇円の計算違いであると認められる。)。

(2) 原告は、原告本人尋問及び原告が作成したものと認められる「昭和五四年入金額の出所」と題する書面(甲第二五号証)において、まず、伊豆信用金庫の原告名義普通口座の昭和五四年四月一二日の一、五〇〇、〇〇〇円の入金中、駿河銀行の原告名義普通預金口座から引き出した一、〇〇〇、〇〇〇円以外の部分については、同年三月一五日の須田康夫からの売上金一、五〇〇、〇〇〇円及び同月二九日の同人からの売上九〇〇、〇〇〇円の残金であるとして説明しているところ、右同日に右売上のあることは前記甲第三号証によって認めることができるのであるから、右の説明には客観的な裏付けがあり、次に、同口座の同年八月一七日の五五〇、〇〇〇円の入金については、同月一三日に駿河銀行の原告名義普通預金口座から一、二〇〇、〇〇〇円を引き出し、その一部を入金したものと説明しているところ、弁論の全趣旨によって真正に成立したと認められる乙第一三号証によれば、同月一三日に同銀行の原告名義普通預金口座から同年八月一一日に振込を受けたオザキランドからの売上金を全額おろすかたちで一、二〇〇、〇〇〇円の出金があったことが認められるから、右説明には客観的な裏付けがあり、また、同金庫の原告名義当座預金口座の同年八月一七日の二〇〇、〇〇〇円の入金については、同月一四日大同工業より三四七、〇〇〇円の売上金の入金があり、その一部を預金したものと説明しているところ、右同日に右売上があることは前記甲第三号証によって認めることができるので、右説明には客観的な裏付けがあり、更に、同銀行の伊東支店原告名義普通預金口座の同年一〇月二六日に九〇〇、〇〇〇円の入金については、前日宮崎から売上金の入金があり、その一部を預金したと説明するところ、右同日右入金があったことは前記甲第三号証によって認めることができるから、右説明には客観的な裏付けがあり、そして、右いずれの説明についても、原告が金員を受け取ってから各預金口座に入金するまでの期間が近接しており、入金の方法としても、現金で取得した売上金の一部を入金したり、振込をうけた売上金を銀行を移す形で預金したりしたというものであって、事業者の日常の資金の管理、利用方法としてきわめて自然なものであるから、これらの預金を売上除外金と認めることはできない。

(3) また、原告本人尋問及び前記甲第二五号証において、原告は、伊豆信用金庫の原告名義普通預金口座昭和五四年一月一〇日の一〇〇、〇〇〇円の入金について、原告の親兄弟のいずれかから借りた金員を入金したものとし、同口座同月一七日の三〇〇、〇〇〇円の入金については、北海道に居住する原告の妻の兄から借り入れた金員が振り込まれたものとし、同金庫原告名義当座預金口座の同年一月一九日の六二〇、〇〇〇円の入金については、原告の親兄弟のいずれかからの借入金を入金したものであると説明するが、一月一〇日分及び一月一九日分については、その借り入れ先も明確でない上、同月一七日分も含め三件借り入れともその説明を裏付けるに足りる証拠がなく、また、それらの借り入れ金についての返済の時期、方法、返済の有無等借入についての具体的事情の説明もされていないのであるから、これらについては、売上除外の事業所得であると推認すべきである。

(4) 更に、原告本人尋問及び前記甲第二五号証において、原告は、伊豆信用金庫の原告名義普通預金口座昭和五四年六月二七日の五〇〇、〇〇〇円の入金について、大同工業より同月一六日入金した三七六、〇〇〇円と角田より同月二〇日入金した四八、〇〇〇円に母からの借入金を加えて入金したものであると説明するところ、前記甲第三号証によれば、大同工業と角田からの右収入があったことは立証されるものの、右収入の時期と入金の時期がやや離れており、母からの借入金については、その借入の日時、金額、その返済方法、返済の有無等具体的事情について首肯するに足りる説明もされていないのであるから、この入金については、売上除外の事業所得であると推認するのが相当である。

したがって、被告の主張する預金のうち、金二、五二〇、〇〇〇円については、売上除外の事業所得であると認められる。

四  よって、昭和五四年度の原告の総収入額は、計算上三八、六二〇、〇七五円となる。

2 工事原価及び一般経費について

(一)  原告が、被告の主張3二(2)記載の表中、2<2>ないし<13>、<15>、<16>、4の合計三四、六一七、八七四円が工事原価及び一般経費に該当することについては、当事者間に争いがない。

(二)  期首棚卸高について

前記甲第二号証によると、昭和五四年度の期首棚卸高として、二〇〇、〇〇〇円が記載されており、原告は、原告本人尋問において原告の事業の性質上この程度の在庫は必要である旨供述するが、前記甲第一号証には昭和五三年度の仕入としてはわずかに一〇一、九一〇円が計上されているにすぎず、昭和五三年の期末棚卸額についての何らの記載もないから、甲第二号証の右記載と原告本人の右供述は、たやすく借信し難く、被告の期首棚卸金額が存しないとする立証を覆すに足りない。

(三)  福利厚生費について

原告本人尋問の結果によって真正に成立したと認められる甲第三号証によれば、原告は、昭和五四年度に福利厚生費として一九二、〇〇〇円を支出したものとして帳簿に記載していることが認められるが右甲第三号証の記載の形式及び原告本人尋問の結果によると、この記載は、原告が福利厚生費を支出した都度記入したものから算出、転記したものではなく、一年分の福利厚生費を当て推量的に一括して記載したものと推認されるところであるから、この記載のみによって、一九二、〇〇〇円の福利厚生費が支出されたと認めることができず、被告の福利厚生費が存しないとする推定事実を覆すに足りない。

(四)  したがって、工事原価及び一般経費額は、計算上合計三四、六一七、八七四円となる。

3 特別経費が九四八、二二〇円であることについては、当事者間に争いがない。

4 よって、昭和五四年の原告の所得額は、三、〇五三、九八一円となり、それを下回る二、六六二、五三一円を所得としてした被告の昭和五四年についての更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分は、いずれも適法であるというべきである。

四  昭和五五年度について

1  譲渡所得について

譲渡所得が、被告の主張4一記載のとおり、合計二五七、七六五円の損失であることについては、当事者間に争いがない。

2  事業所得について

事業所得についても、収入の合計が被告の主張4二(1)のとおり合計五一、二一六、三九八円となることについては、当事者間に争いがない。

3  経費について

(一)  経費についても、被告の主張4二(2)記載の表中、2<3>給料賃金、2<16>雑費、2<14>福利厚生費、4<20>貸倒金及び4<21>債権償却特別勘定繰戻金を除いて、合計四四、二〇〇、八四五円が経費に該当することについては、当事者間に争いがない。

(二)  給料賃金について

原告本人尋問の結果によって真正に成立したと認められる甲第四号証、弁論の全趣旨によって真正に成立したと認められる甲第二六号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、その事業に関して、昭和五五年一〇月一七日から翌一一月一六日まで伊東市松原六三一―五に居住する樋口光男を雇用しその賃金として四〇、〇〇〇円を支払ったこと、同時期に伊東市南町一―二―三に居住する山下伊郡夫を雇用しその賃金として一七〇、〇〇〇円を支払ったことが認められ、この認定に覆すに足りる証拠はないから、原告の右主張にかかる給料賃金の支払は原告の事業のための経費と認めるのが相当である。

(三)  雑費について

前記甲第四号証には、原告は、昭和五五年度の雑費として新聞の購読資金二三、六五〇円及びサガミヤコピー代九七四円の合計年二四、六二四円を支出した旨の記載があるが、新聞を購読したとしても、それがその業界に関するものである等の特段の事情の立証のない以上、大工業の業務に直接関係する出費とは認められないから、その部分の出費については、経費として計上することができないといわざるを得ないが、コピー代については、大工業において施主あるいは設計士が作成した建物平面図、立面図等諸種の図面をコピーすることもままあると推測されるから、この記載をもって、事業に必要な経費として九七四円のコピー代が支出されたと認めることができる。

(四)  福利厚生費について

前記甲第四号証によれば、原告は、昭和五五年度に福利厚生費として二四〇、〇〇〇円を支出したものとして自主計算資料に記載していることが認められるが、右甲第四号証の記載の体裁及び原告本人尋問の結果によると、この記載は、原告が福利厚生費の支出の都度記入したものではないと推認されるところであるから、右金額の福利厚生費を支出したものとは認め難く、福利厚生費は存しないとする推定を覆すものとはなし得ない。

(五)  貸倒金及び債権償却特別勘定繰戻金について

(1) 原告は、株式会社宏明から建物建築の注文を受けてその工事を行い、その代金支払のために同社振出の被告の主張に対する反論3四記載の約束手形四通・小切手八通(額面合計六、四四〇、〇〇〇円)を所持していたが、株式会社宏明が昭和五一年一一月三〇日ころ不渡りを出して倒産し、右各約束手形及び小切手は、昭和五一年一一月三〇日から翌五二年二月二八日までの間にすべて不渡りとなり、未決済のまま原告の手元に残ったこと、株式会社宏明の代表取締役は、昭和五一年一一月三〇日ころ所在不明となり、債権者集会も開かれず、残っていた従業員も昭和五二年に退職したため、そのころ株式会社宏明の事業が閉鎖されたことについては、当事者間に争いがない。

(2) そして、成立に争いのない甲第二一、第二二号証、証人渡辺義邦の証言及び原告本人尋問の結果によると、株式会社宏明の事実上の倒産の際、同社には資産はなく、債権者集会の開催の通知はあったものの、資産がないため、債権者会議の開催が中止されたこと、そして、昭和五一年一一月二八日、原告は、株式会社宏明の沼津支店長及びその注文者との間で、原告が株式会社宏明から下請けして完成した建物の建築残代金については、原告が注文者から直接支払を受ける旨の合意が成立し、その旨記載した念書が作成されたこと、原告自身も、当時、株式会社宏明には資産がないこと、同社の代表取締役が会社倒産後行方不明となったこと、債権者会議も開かれない状態であったことを十分知悉していたこと、が認められ、右認定に反する証拠はない。

(3) ところで、事業所得の金額計算上、いわゆる貸倒金として、特別経費に算入することができるためには、債権につき、債務者の資産状況、支払能力等からみて、当該年度に事実上回収不能であることが明らかになったことが必要であるところ、その必要経費算入の時期「その損失の生じた日の属する年」を特定している趣旨は、納税者の恣意によって各年度の所得多寡を操作して税の負担を脱れあるいは軽減しようとすることを極力排除することにあると解されるから、その判断は納税者たる原告が適宜決しうるものと解すべきでなく、客観的に、事実上回収不能であることが明白となった日の属する年度においてのみ、必要経費として算入することが許されるものと解するのが相当である。

しかるところ、株式会社宏明が事実上倒産したのは、前記のように昭和五一年度であって、翌五二年には、従業員も退職して同会社の事業が閉鎖され、原告としても、その所持する同社振出の手形や小切手について、昭和五二年以降具体的に回収の手立を講じたことは証拠上認められないから、結局、右手形や小切手が事実上回収不能となったのは、遅くとも昭和五二年度であるというべく、したがって、原告は、これを昭和五五年度の貸倒金として特別経費に算入したり、債権償却特別勘定繰戻金として処理することはできないものと解さざるを得ない。

(六)  したがって、昭和五五年度に損金として算入できる経費は、合計四四、四一一、八一九円となる。

4  よって、原告の昭和五五年度の所得合計は、六、八〇四、五七九円と認められ、それを超えない六、六二二、〇〇七円を所得としてした被告の昭和五五年についての更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分は、いずれも適法であるというべきである。

五  以上の次第で、原告の本件各請求はいずれも理由がないからこれを失当として棄却することとし、訴訟費用について、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 小林登美子 裁判官 水野有子)

別表一

同業者の抽出基準

同業者の抽出基準は次の1ないし4の条件のすべてに該当する者を抽出した。

1 青色申告書を提出している個人事業者である者

ただし、次の各号に該当する者は除く。

イ 年の中途において、開廃業、休業又は業態変更した者

ロ 更正又は決定処分が行われた者のうち、国税通則法又は行訴法の規定による不服申立期間又は出訴期間を経過していない者並びに不服申立て又は訴訟中の者

2 大工工事を業としている者

3 住所を伊東市に有している者

4 総収入金額(売上金額)が四、四二五、四〇〇円から一七、七〇一、六〇〇円までの者

別表二

算出所得率表

<省略>

別表三

昭和54年度売上及び預金入金状況

<省略>

<省略>

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